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Selfishly

Selfishly

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★5月イベントpaperよりの完全版
 [大変お待たせしてしまいました。申し訳ございません。m(__)m
  そしてお付き合い頂けてありがとうございます!]



◇◇◇ 不精な恋人 ~ prolog

 ロイには自慢の恋人がいる。綺麗で可愛くて気質も眩しいくらい純で真っ直ぐで。頭の回転も恐ろしく速く応用能力も高く、並の大人などタジタジだ。
 そのせいか、少し勝ち気な面もあるが、それがまた彩りを添えていて楽しませてくれる。
 とまぁ、ベタ惚れなわけだが…、少々困った点も。

「鋼のから連絡は?」
 ロイの問いに、ある者のは温い笑みと共に首を横に振り、生真面目な顔で「有りません」と返す者、返す時間も惜しそうに、無言を返答に返す者、皆の反応は様々、が答えは同じだ。
「―― 全く…、何度目だ定期報告を怠るのは…」
 本人のサイン待ちの始末書の束に目をやって、溜め息。
 どれだけ可愛くても、愛しい子でも、そこだけはいけてない。
「定期報告の義務付けをしてなければ、顔も見れないと云うのに…」
 恋人の途方もない悲願を知っているから、ロイとて無理は言いたくない。だから妥協の定期報告の時だけで我慢しているのに。
「―― これは余りの仕打ちじゃないかい?」
 今回で3回、つまり3ヶ月間も戻って来てないわけだ。ロイは頬杖を付きながら、コツコツと爪でデスクを打つのだった。


 漸く捕獲して強制送還でエドワードが連れ戻されてきたのは、その1週間後。みっちり説教をして、定期報告の重要性を聞かせてやった。
「以後はこのような事の無いように気を付けたまえ」
「………了解」
 げんなりした表情でそう返答を返した後は、やっと説教から解放されたと安堵を浮かべてる様子から説教の効果は薄そうだ。
「で、今回の規則違反を軍の上の方々が憂慮されててね」
 そう徐に続きを話し出すと、訝しそうにロイを見上げてくる。
「国の財産とも云える国家錬金術師の所在の把握は絶対だと言い出す方がいて、今回の件にはペナルティーが必要だろう、とね」
「げげっ!?」
 雲行きの怪しくなってきた話に、盛大に顔を顰めている。
「定期報告は当然ながら、行先々の所在地もリアルに掴んでおき給えとの、きついお達しを頂いたよ……」
 そこまで話してふぅ~と困ったような嘆息を吐いて見せる。
 ロイの表情が曇るのを見て、流石に反省心が芽生えて来たようだ。
「……ご、ごめん。――― 次からは、出来る限りちゃんと報告に来るからさ…」
 その言葉にロイの肩眉がピクリと跳ね上がる。
「出来る限り?」
 目を眇めてエドワード見つめ、不遜な彼の言葉を繰り返す。
「うっ…、ちゃ、ちゃんと報告に帰って来ます!!」
「――― まぁ、良いだろう。が今回の件をペナルティー無しには出来ないぞ? 
君は義務付けられている報告を3回飛ばして、3か月以上所在を不明にしていたんだからな?」
 そう言ってジロリと睨んでやれば、気まずそうに「すみませんでした」と呟き返した。
「が、君たち兄弟の旅の邪魔は極力したくない」
「さすが大佐!」
「おだててもペナルティーは無くならないぞ」
 調子の良いエドワードにそう釘を刺しておく。
「要は君の所在が明らかになれば良いわけだ。
 ――― と云う事で、『文通』をしようか?」
 にっこり笑ってそう告げると、エドワードは目を剥いて驚いた。


 *****

「文通って……」

はぁ~とため息を吐きながら、先ほどから一行も進まない便箋を睨むように見つめる。
ロイの出した任務は意外に難問だ。最初は「文通」と言われ驚きもしたが、ペナルティーにしてみればチョロイチョロイと思ったのが間違い。
文通どころか手紙日記感想文などは子供時代から苦手。小学校時分も「少し主観を控えてみては?」の添削で返されて続けていたのだ。
軍に入って上達したのはレポート形式の報告書(と、その捏造方法)。ロイが言う手紙とは違うらしい。

「あ~~~!!! もう! な~に書いたら良いんだよ!」

書き損じた便箋をぐしゃぐしゃに握り潰し叫ぶエドワードに、同じ部屋に居たアルフォンスが話し掛けてくる。
「兄さん、改まったことを書かなくてもいいんじゃない?
 手紙って自分の近況とか書くのが普通だから、ここに着きましたから書けば?」
そのアルフォンスの言葉にポンと手の平を打って「そうか!」と叫ぶと、
漸く最初の一行を書き出したのだった。


【恋文1】

はい…啓?Roy Mustang様、 御元気に、お過ごしデスカか?
……だぁ~!!! 面倒い!
こんな妙なことを、あんたが言うから…。
ま、今回は俺もちょっとは、悪いと思ってるから、とりあえず到着連絡な。
ここでは1週間の滞在予定だ。あんたに貰った情報で訪ねたんだけど、
凄い本の数でさ、お礼返しがてら片付けながら目当ての本を探すことにした。
マリーさん、(あ、ここの主人のお婆ちゃんだぞ!)最近、腰が痛くて本の整理まで手が回らないそうだし。
通わずに泊まればいいって言ってくれたんで、アルと二人で泊まることにした。
ってことで、ここの住所書いとくからな。

今から晩飯なんで、ここら辺で終わり。
う~ん…、こんなので本当に良いのか?  報告書と同じ レポート形式で良いなら、
あんたが教えてくれた通りに書けるけど?
その方が良いなら、また返信に書いといてくれるか?
じゃあ、仕事 サボって皆に迷惑かけんなよ?

PS、今日の晩飯は、俺のリクエストのシチューなんだ!
アルは マリーさんのネコタチに大人気だ。haha

けいぐ? Edward Elric


「・・・・・よっしゃ、これで良いか」
書いた文面を見直しして満足そうに頷くと、用意していた封筒に封をする。
そうしてハタと気づく。ここは森の奥の一軒家だ。
街とは違って郵便ポストは近くには無い。
どうしようかと思案していると、アルフォンスが「まだ?」と呼んでいるのが聞こえてくる。
「すぐ行く!」
そう返して少しの躊躇いの後に、机に置かれた本の下にと隠すように仕舞う。
誰かに手紙を書くことがなかったから、何だか妙に照れくさい。
――― そして、少しだけ嬉しかった。


夕食は3人でおしゃべりしながらの賑やかな時間を過ごす。
食べた後の片づけも手伝って、部屋に戻る時間になって手紙のことを思いだした。
「そう云えば、マリーさん。ここら辺に郵便ポストは無いよな?」
「ポスト? ええ、ここは来た時に分かったと思うけど一軒家だから。
 代わりに新聞配達の人に預ければ出しといてくれるの」
にこにこと微笑みながら教えてもらい、エドワードは礼を告げて明日に出したい手紙があることを伝える。
「はいはい、明日に忘れずに。良かったわね、ちゃんと書き上げれて」
孫を褒めるような彼女の言葉に頬が赤くなる。
どうせ手紙に苦戦していたことを彼女に教えたのはアルフォンスだ。
ギロリと弟を睨みつけるが、彼は素知らぬ振りで、足元にじゃれついてくる猫たちを相手にしている。
「・・・き、決まりだから」
気恥ずかしさに思わず言い訳めいた言葉を告げるが、マリーはそれでも微笑んで頷いてくれる。
「決まりでもなんでも、手紙を書ける相手がいることは素敵なことよ?
 きっと受け取った人も喜んでくれるわ」
その言葉に思わず目を大きく開いてマリーを見つめる。

――― 大佐、喜んでくれるかな・・・。

そんな大層なことは何も書いてない。軍の報告書の方が、彼の為になるような情報が多い気もするが…。
そんなエドワードの内心の疑問に答えるように、マリーはエドワードに話し続ける。
「内容はどんな些細なものでも、相手を忘れていない――― 手紙を出すということは、そういうことでしょ?
 だから受け取った人は嬉しいものよ」
そう言って大丈夫と伝えるように微笑んで頷くマリーに、エドワードも知らずに笑って頷き返していた。

翌朝、新聞配達の者が手紙を受け取り帰って行くのを、エドワードはなんだか楽しい気持ちで見送ったのだった。



 *****

「大佐、エドワード君から手紙が届きましたよ」

朝出勤して、副官にそう告げて差し出された物を、ロイは驚いてマジマジと眺めてしまう。
「・・・本当にきちんと書いてくれたんだな」
思わず本心の呟きをこぼし、礼を言って手紙を受け取る。
直ぐにも開封したい気持ちを抑えて、本日のスケジュールを告げる彼女の言葉に耳を傾ける。

ロイがエドワードの手紙を開けたのは、午前中の処理が何とか一段落した後だった。
昼食をとりに行くと部屋を出て、軍の食堂の片隅で手紙を開く。
簡単な近況報告だったが、エドワードが一生懸命に書いてくれたのが伝わってくる。
それも嬉しかったのだが、エドワードが自分に手紙を送ってくれるという事が、これほど心和ますとは・・・。
何度も読み返してきちんと封筒に仕舞うと、ロイは急いで食事を済ませて部屋へと戻る。
休憩時間を使っての返信をしたためると、エドワードがまだそこに居る間に届くようにと手紙を出した。

【恋文2】

先ずは、無事の到着 よかったよ。
今回は行きに騒動も無く、順調だったようだね?

君がこうして手紙を本当に寄越してくれるとは…。
思わず手紙が来た時に、何度も送り主を確認してしまったよ。
――― ありがとう、凄く嬉しい。
面倒だろうが、引き続き宜しく頼む。
…婦人のことでも、何やら気遣いをありがとう。(笑)
彼女とは付き合いが古くてね、御主人が健在だった頃は、
私もよく本を貸して頂いてたんだ。
彼女の手料理は絶品だよ、滞在中に美味しく栄養一杯の料理を食べさせて貰いなさい。

書き方は今のままで。
報告書のような公の味気無いものじゃなくて、そこに書かれてない
君達のことが知りたいと思っている。
感じたまま、思ったままに書いてくれれば構わないよ。

こちらは相変わらず、書類と会議に追われる日々だ。
ここから動けないが、君の手紙を読むと一緒に旅をしている気分を
味わえるな。

今回の君達の旅が、実り多いものになるように…。
常に君のことを案じている者より
                      Roy Mustang



そうしてロイが出した手紙は無事にエドワードの手元に届く。
マリーに「お返事が来たわよ」と封筒を渡された時、何となくマリーが以前に言っていた言葉の意味を理解した。
手紙と一緒に、相手の存在が感じられる。
それは本当にとても嬉しいことだった。




 *****


「鄙びた田舎の割には、結構な人が居るよな」
「うん、湯治に来る人たちが多いって言ってたからだろうね」
1件しかないが、ちゃんと宿屋もあった。こういう田舎で宿屋が在ること自体珍しい。
湯治目的の人達は滞在期間も長いようで、そんな人たちを商売に村にはそこそこの商店も揃っている。
乗合馬車の関係で滞在していたエドワード達も明日には麓の街へと戻る。
戻ったら街の図書館で再度情報を強いれてから移動だ。
「移動する前に西方司令部に寄るんでしょ?」
「あ~~~~、・・・・・そうだった」
行きのちょっとした騒動を解決したので、詳しくは村から戻ってから出頭してくれと頼まれていたのだ。
「じゃあ、街で大佐に手紙で知らせて上げると良いよね?
 司令部に寄る時に手紙も受け取れるだろうし」
「・・・別にそこまでしなくても」
口ではそんなことを言いながらも、エドワードも同じことを考えていた。
根無し草で何処にどれくらい居るか判らない自分たちでは、手紙を出すのはどこでも出来るが
返事を受け取ることがなかなか出来難い。
ある程度の予定が決まっていれば、それを伝えて受け取ることも可能だ。
そんな話を宿の食堂でしていたからか。
「お、坊主たち、手紙を書くのか? なら良いものをやろう」
この宿屋の親父が、がさごそと棚を探して1枚の葉書を持って来てくれる。
「これって・・・」
一瞬、この湖の風景画なのかと思ったほど、絵の半分以上が水の色で塗られている。
「珍しいだろ? 海の絵らしいぞ」
「「うみ」」
兄弟二人で感心するのも当然だ。ここアメストリスは内陸の国なので、海は存在しない。
「へぇ~、これが」
「綺麗な水面だね」
感心する兄弟の反応に満足したのか、店主は二人に葉書を渡してくれる。
「表に送り先と、下のとこに手紙を書いて出すらしいぞ。
 良かったら使いな」

そう教えては貰ったが、さすが絵葉書で送れる相手ではない。
「・・・綺麗だしな」
ロイにも見せてやろうと、手紙と一緒に送ることを決める。

その夜、ロイからの手紙を読み直して返事を書く。
沢山の出来事を短い手紙に簡単に纏める。手紙だけでは伝え切れないものが、そこには溢れている。
それを上手く伝える術も判らないまま、エドワードは葉書も入れて封を閉じた。

【恋文3】

『宿屋の店主のおっちゃんがくれたんだ。
海の絵葉書だってさ。
アメストリスじゃ珍しいだろうから、あんたに
やるよ。
向こう岸が見えないほどの水が一杯って
どんな感じなんだろうな?
泳いでも岸に着かないなんて、
皆困らないのかって不思議になったんだけど…。』


案じている者より…って、気障な奴! あ、あんまそんなことばっか、街とかで言うなよ!

で、マリーさんとこの文献で見つけた「命の泉」ってのを調べに行くことにしたんだ。
マリーさんには本当に良くしてもらってさ、また近くに寄ることが有ったら、必ず顔を出しなさいねって言ってくれたんだ。アルの体が元に戻ったら、絶対また訪ねようと思う。

で、泉が有る村は西側のはしっこの村だった。汽車が通ってなかったから、近くから乗り合いの馬車に乗ったんだけど、
一緒に乗った人達は皆、陽気で親切でさ。なんかリゼンブールの村に戻った感じだった。俺らの目的地が最後だったから、
別れる時に色々差し入れを貰った。
あ、途中の峠の処でチンケな野党みたいな奴等が出たぜ? 襲って来た奴等から、根城聞いてアルと二人で
ふんじばっておいた。
西の軍には連絡して引き取り頼んどいたけど、あそこはもう少し用心させた方がいいな。
また、言っといてくれる?

で、泉って名前だったけど、行ったらお~きな湖でさ! 向こう岸が霞んでるくらい広かった!
残念だったのは、俺らが捜してるモンとは関係ないってことだ…。
地熱で温泉が湧いててさ、人間だけじゃなくて森の動物も入りに来てた。
湯治に凄く良いらしくて、そこら辺から付いた名前みたいだったな。成分表は報告書に書いといた。
体が戻ったら入りに来ても良いかも。今入ると錆びるから、今回は確認だけ。
で、この村は郵便も遅れるから、送ってもらっても受け取れないと思う。帰りに西の司令部に寄ることに
なってるから、そっちに送っておいてくれるか?
じゃ、あんたも仕事を速く終わらせて、たまには湯治にくれば?           Edward 




*****

封筒から手紙の他に出て来た色鮮やかな絵。それが海だとロイには直ぐに判る。
その葉書に掛かれたエドワードの素朴なコメントが微笑ましい。
彼と自分では、同じものを見ても思う事は全然違うのだろう。
自由な発想は彼が子供だからではない。彼の心が自由を羽ばたく強さを具えているから。
自分や大人が持つ固定観念に縛られない強さが無いと、自由に思考を広げてはいけない。

「また危ないことに首を突っ込んで・・・」
ハァと嘆息を吐く。その事件のことは既にロイの方にも報告が来ている。
そしてエドワード達に怪我が無かったことも。
が、無事だったからと何でも首を突っ込んで良いものではない。
金品狙いの寄せ集めのチンピラだったから良かったものの、これが武装したテロだったら
どんな大事件になったか判らない。報告書でもひやひやさせられることがあるが、手紙までそうとは・・・。
エドワードの感覚は、少し常人とはずれて来てるようだ。
注意は必要とペンを取る。


【恋文4】

Dear Edward

素敵な絵葉書をありがとう。
これは家に飾らせてもらうことにするよ。
今度、君が戻って来た時にまた見においで。

で、峠の山賊の件ではご苦労。
西の司令部から感謝の手紙が届いていたよ。
私的には君の無茶を知って、…少々、複雑だがね。
せめて応援を待ってから根絶やしに行ってもらえれば…。
――― まぁ、怪我も無く、近隣の住民の方々の為になったんだから、今回は良しとするが…。
で、調べてみるとあの峠付近は以前から、そういう問題が
度々、起こっていたらしい。西の職務怠慢だな!
即対応を伝えておいたから、今度は厳重警戒地区になるだろう。議題で上げての進言だったから、
向こうも無視は出来ないさ。
また何か気づくことが有ったら連絡をくれ給え。
君の最新情報は、いつも助かっている。

海は私もまだ見たことが無いよ、いつか二人で
旅行がてらに見に行ってみないか?
海での行き来は船が主だそうだ。ボートとは
違って、住居スペースも備えた乗り物で、
1度に何十人、何百人が乗り込める大型の物だ。
その船が航路を通って、国から国へと渡るらしい。
(海にも海図と云う地図が有るんだ)
互いの悲願を叶えた後、海を渡る旅行が出来たら
楽しいだろうな。それまでに、隣国と親善国の和平を
結んでおかないと…。
やることは山積みだ。ま、今1番の目下の仕事は
中尉が積んで行った書類の決裁だな……。
毎日、毎日、よくこれだけの書類が作成されてるものだ。
資源の無駄遣いじゃないかと思う書類まで混ざっているし。sigh…
そろそろ定期報告の時期だぞ?
今回は「忘れた」は無しで頼む。
君に会えるのを励みに頑張っている私に、ご褒美を
くれても良いだろ?    待っているよ Roy



*****

出来上がった文面を読み直して、思わず苦笑が浮かぶ。
注意を促すには、えらく甘い文面になってしまった。
元からエドワードには甘いロイなのだから、仕方がないのかもしれない。

手紙をやり取りするようになっての初めての定期報告だ。
今度は無視せずに戻って来てくれることを願おう。

「その為には、まずはこの書類の片づけだな」
机に積まれてる書類をやっつけてしまわないと、彼が戻って来た時に時間が作れなくなる。
これ以上、追加されないようにと祈りつつ1枚、また1枚と決裁して行くのだった。




数日後、きちんと戻って来たエドワードに、ロイの頬も緩みっぱなし。
その上、明日の出発までアルフォンスと別行動と聞かされ、緩むどころか大いに崩れる。

「ちょ、ちょっと待てよ!
 俺は旅から戻って来たばかりで…」
抗議の言葉はロイの唇から吸い込まれて行った。
また直ぐに旅立つと聞かされたからか、なかなか手を解けないままエドワードの身体を組み敷き続ける。

その結果・・・。

「…… う、うごけねぇ…」
翌朝、ベッドでジタバタともがく恋人に、ロイは優しい声で無理をしないようにと伝え、
アルフォンスが遊びに行ってると聞いたホークアイ宅に電話する。
あっさりと出発の延長を承諾した弟は、次の汽車が二日後ですと更にロイを喜ばせる報告を告げてくる。

「――― と云うわけだ。君は無理せずこの家で2日間ゆっくりとしてくれたまえ」
にっこりと微笑まれ告げられた言葉に、エドワードは頬を引き攣らせて大きく首を横に振る。
「い、いやだ!」
拒否の言葉に、ロイの眉が不機嫌そうに上がる。
「・・・どういう意味だ? 恋人の家に居るのが、君はそんなに嫌なのか?」
「そ、それは・・・嫌じゃないけど…。
 ここに泊まってゆっくり出来るはずがない!」
きっぱりと拒否の理由を言えば、ロイは心外なと大げさに驚いて見せる。
「酷いな、エドワード・・・。
 いくら私でも昨夜みたいなことを続けて強いるわけがないだろ?」
ちゃんと君の身体のことを考えてるんだと続ける男に、本当だろうかの疑心を込めた目で窺う。
「勿論、信じてくれ。・・・昨夜は、君が明日には旅立つと思っていたから、確かに少々むちゃをさせてしまったが。
 大丈夫、今晩は明日も居てくれてると判ってるんだ。そんなに無理はさせないよ」
その言葉に安心して頷けるはずもない。
「無理はさせないよ・・・じゃないだろうが!
 今晩はやらない、って考えはあんたには無いのか!!」
無理だろうとは思いながら、そう抗議して見ればやはり。
「それは無理だ。君が一緒に居て何もしないほど、私は聖人君子じゃないからね」
その言葉にがっくりと肩を落とす。
結局、押し切られた形で2日間の滞在をしたエドワードだが、出発の日には自分の判断ミスを心から反省した。
やはり初心貫徹で、さっさと弟と合流しておくべきだったと。


晴れない鬱憤を胸に抱え、列車の揺れに眉を顰め次の街へと旅立って行くのだった。


【恋文5】

Satyr Mister Roy Mustang!!

 あ、あんたなぁ~~~! やるにことかいてっっ・・・・・・
 ――― 今度から、やり溜め禁止!!!

 ハァ~・・・、もうあんたもいい歳なんだからさ、少しは節制した方がいいんじゃない?

誰かさんのお蔭で、予定が少し狂ったけど次の待ちに着いた。
ここは結構、大きな街だよな~、活気もあってさ。
西欧式? の建物とかが建ち並んでて、アルが凄くセンスが良い!って褒めてた。
俺としては、もうちょっとパンチが利いてた方が格好良いと思うんだけどさ。
それを言うと、アルの奴が妙な目で俺を見て肩を竦めるんだぜ?
どう思う、そんな弟の態度!! 兄に対する尊敬心が無さすぎだぜ!
ここでは数年に1回だけ街の秘蔵書が公開されるってんで、申込みに来た。
す・こ・し!! 出遅れたから、順番随分後ろになっちまっただろうが!
ま、その分普通の図書の方で情報収集しておくことにした。
結構、錬金術書が多くてさ、吃驚した。街の富豪が亡くなった時に寄付したんだって。

公園には見た事ない鳥が泳いでた。これもこの街に合うって寄贈された鳥らしいけど、
1羽だけしかいないから……、何か寂しそうだったけど。
普通は群れで暮らしてる鳥らしいから、どうせ寄贈するなら群れごとすれば良いのに。

次の行先はまだ決めてないから、本を読んでから決める。
決まったら、また連絡送るな。

・・・・・・なんでか、会いたくなった、この前まで一緒に居たのにさ・・・
上のはナシ!!  次の報告の時にな!
                                           E・E


*****

エドワードのその手紙を読みながら自嘲の笑みを浮かべる。
確かにこの前の滞在の時は、浮かれ過ぎて少し羽目を外し過ぎたようだ。
手紙をきちんとくれたり、ちゃんと報告に帰って来てくれたり。
そんな事が思いの外、自分を嬉しがらせていたのだろう。

「しかも、こんなに嬉しい言葉まで送ってくれて・・・」

ぐちゃぐちゃと消された文は、それでも何を書いていたのか読める。
思わず書いてしまったのだろうが、それがエドワードの本心だからこそ
こんなにも嬉しいのだ。

誰に告げられても嬉しとは思わなかった言葉も、彼から貰えたと思うと希少な宝のように大切だ。
彼だけがロイをこんなにも喜ばせて幸せにしてくれる。
彼を得難い存在だとつくづく思い知る。


【恋文6】

satyr…って、エドワード、恋人に酷いじゃないか。
それに「やり溜め」なんて言葉、sigh…一体どこで覚えて来たんだ?
――― 好きな相手を欲っしなくなるのも問題だと思わないか?
まだまだ摂生の心配は不要だ!
それよりも、君の方が若いんだぞ?日頃の不摂生がたたっているのは、
君の方だろう。
食事、睡眠はきちんと取りなさい。

で、あの街にいた鳥についてだが、ファルマンが教えてくれたよ。
「swan」と云うらしい。生息がもっと北の寒い地区らしく、寄贈された時は
番だったらしいが、雌鳥の方が死んでしまったらしい。環境に合わなかったんだろうね。 
だから君が「寂しそう」と感じたのは、間違ってないと思うよ。

昨日は、最近流行っている宗教の日曜礼拝に招待されてね。軍の何名かで参加したんだ。
なかなか興味深い教義を聞かせてもらったよ。
独特の荘厳な礼拝堂に流れる聖歌は、聞いている者に敬虔な気持ちを抱かせる。
(そこで崇められている神様を知らなくてもね。)
何を祈っても構わないとの事だったんで、君の旅での無事と、悲願の成就を…。
叶った暁には、二人でまたここで礼拝に参加しよう。叶えてくれた神様とやらに感謝するだけでなく、
君達を助けてくれた人々への感謝する為に……。

君が少しでも、会いたい…と思ってくれてたなら…、きっと私の思いが通じたからだろうね。
――― 私はいつだって、君に会いたくて仕方がないんだ。
定期報告以外にも、近くに来たら顔だけでも見せてくれ。

君を愛してやまない恋人より



*****

――― そっか、死んじゃったのか・・・。

ロイの手紙に書かれていた鳥の報告で、エドワードは何となく悲しい気持ちになる。
水面を悠々と泳いでいた鳥。それは1枚の絵の様に綺麗だったが、それを見たとき、
エドワードは妙に胸を締め付けられる感覚を抱いた。
それが間違って無かったと知ると、さらにあの時の鳥を思い浮かべてしまう。
戻るべき故郷からも遠く離され、寄り添う相手も失って・・・。
あの鳥は毎日あそこであてどもなく生きているのだろうか。
観光客の目を愉しませる為だけに?

ブルブルと首を振って感傷を振り落す。
同情などで何一つ助けられやしない。自分たちだって同情などされたくもない。
どんな境遇になろうが、嫌ならそこから這い上がる強さが必要だ。
あの鳥は、最後まであそこで生きることを自ら望んだのかも知れないのだ。
無用な同情などすべきではないだろう。

最後の文を目にしながら、エドワードは赤い顔で呟く。
「ば~か、・・・俺だって、いつでも会いたいと思ってるって」
言葉にはなかなか出来ずにいるけど、気持ちはいつだってそう思っている。
いつか自分たちの願いを叶えたら、ロイが書いてる通り礼拝に行くのも良いかもしれない。

――― 願いを叶えたら・・・か。

どれだけ先のことになるのだろう。
爪先立って思わず先を覗いてみたくなる。
その先の長さに消沈したくなければ、窺わない方が良いのか?
そうは思っても、自分は爪先立って先を見通そうとするだろう。
少しでも確証が欲しくて・・・。

背伸びして背伸びして、そうやって毎日を過ごすことに疲れても。




 ◇◇◇ 最後の手紙 ~ epilog

「返事は来ないままか…――」
 ロイが最後の手紙を送ってから10日程を過ぎた。
 エドワードから返事が無いと、ロイには送り先が判らないのだ。
 次に書く話を色々と考えていたから、エドワードからの手紙が待ち遠しい。
 引き出しの中にはとりどりの封筒と便箋が。
 最初は戸惑っていたようなエドワードも、書く内に慣れて楽しそうな話を、お世辞にも綺麗とは言えない文字で
 懸命に書いてくれてたようだ。
 文献や情報を追い求めている彼らの旅は、ロイが思ったよりも充実していることも知った。
 目的の為の殺伐とした雰囲気は、その手紙からは感じられない。
 新しい出会い、出来事、学ぶことに、大小のトラブル…。
 未来の為に奔走しながらも、彼ら兄弟はちゃんと今を大切に生きている。
 彼ららしいと、思わず読んでいて口元が綻ぶ。そして少しだけ、羨ましくも…。
 そんなことを思い浮かべていると、――― コンコン とノックの音に現実に戻される。
 「入れ」の返事を返し入室者の確認に視線を上げると。
「鋼のっ!?」
 ひょいと顔を覗かせた相手に驚かされる。
「へへへ…、手紙持って来た」
 とことこと近づいて来た彼の手には、どうやら最新の手紙が握られていた。
「…驚いたな、君はいつから郵便屋に転職したんだい?」
 笑ながら受け取ると、それは手紙と云うよりは絵葉書のようだ。
 綺麗な風景が描き出されている絵葉書には、ロイの知らない世界が広がっている。
「―― 出そうかと思ってたんだけど……、手紙読んでたら、何かあんたに会いたくなって…」
 照れたようにそう告げてくれるエドワードに、ロイの笑みはさらに深くなる。
「嬉しいな…。早速、返事を送っても良いかな?」
 その言葉に、エドワードがキョトンとした表情を見せる。
 ロイは椅子から立ち上がると、デスクを挟んで前に立つエドワードの肩を引き寄せる。
 そして…、「おかえり」と告げると、その桜色の唇にキスと言う名の返信を送ったのだった。
 サッ― と頬を朱に染めるエドワードを、目を細めて見つめる。
「……き、気障な奴っ」
 照れているエドワードに、そんな彼を見つめているロイの顔は崩れっぱなしだ。
 手早く机の上を片づけると、最新の手紙を持って帰り支度をする。
「後の返事は家でゆっくりと伝えるよ。さぁ、帰ろう」
 そう言って差し出した手を、エドワードも小さく頷いて握り返す。

 行き来する文字は、互いの距離を近づけてくれたようだ。
 きっとそれは、ただの文字ではなかったから…。
 そこに籠められた想いが、文字を言霊に変化させたのかも。
 伝えれることは文字で。
 そして文字で伝えきれなかったものは、二人揃った時に言葉で伝え合おう。
 言葉で伝えきれなかったものは、二人寄り添って感じ合うのだ。
  エドワードが旅を続けている間。
 ロイが彼の帰りを待ち続けている間。
 それは二人の間で続けられ、愛の記録として積まれて行くのだった。
                              ~ love letter SS fin



A subsequent continuation ~ *こちらは18歳以上の方のみでお願いします。
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